JNRSメールニュース 第7号 (2016/06/01)
目次
- (7−01)
- 原子時計から原子核時計へ - 229mThの脱励起の直接観測 -
- (7−02)
- α線を出す223RaCl2が前立腺がん由来の骨転移治療薬剤として国内承認
- (7−03)
- 「量子科学技術研究開発機構」が発足
- (7−04)
- 第1回RANC(Intl. Conference on Radioanalytical and Nuclear Chemistry)に出席して
- (7−05)
- 本会・会長、2016年のヘベシー賞の栄誉に輝く
- (7−06)
- 本会・会員、28年度・科学技術分野の文部科学大臣表彰を受ける
(7-01) 原子時計から原子核時計へ - 229mThの脱励起の直接観測 -
最近、229mThという核異性体(準安定励起状態)の脱励起の観測に成功したとう報告がNature誌に掲載された[1]。229mThという励起核は、その励起エネルギーが数eVと桁違いに小さいことから、原子核からの紫外線放出、紫外線核励起、化学状態に依存した核壊変の劇的な変化や新しい原子核の脱励起過程の観測など非常に大きな興味を持たれ、研究されてきた。特に応用面では、原子時計よりも精度の高い原子核時計へ適用できる唯一の準位として注目されている。しかし、その確実な観測の成功には至らない状態が20年以上も続いていた。
今回報告された実験では、229mThの精製から検出までを一体の装置で実施した。最初にアルファ壊変の親核種である233U試料から反跳してくる娘核種をヘリウムガス中にトラップした。この時、Thは2+もしくは3+の陽イオンとなる(内部転換による短寿命での壊変をしない)。その後、高周波電圧と直流電圧(RFQガイド)によって四重極質量分析装置(QMS)へと娘核を運搬し、質量分離することで229Th以外の娘核などを除いた。最後に、229Thをマルチチャンネルプレート(MCP)表面に付着させ、ここで229Thを中性化させることで内部転換を起こし、その電子を検出した。また、二次電子を蛍光版に当て、CCDカメラで観測することで、電子放出核の位置情報も得ている。233U(234U)試料の種類や質量分離部などで様々に条件を変更して測定を行い、229mThの脱励起由来と考えられる電子の検出に成功した。また、229Thイオンの導出をパルスとすることで、半減期の測定にも取り組み、中性原子(内部転換)に対しては、1秒以下であることを示した。さらに、RFQ内にThを2+の状態で約1分間トラップすることも実施し、2+の状態では、229mThの半減期が1分よりも長くなることを報告した。
本論文で229mThの核壊変の全てを解き明かしたわけではないが、大きな有用性が期待される核時計の開発も含めて、今後、より詳細に229mThの研究を進める上で非常に重要な知見が得られたと考えられる。詳細に関しては原著論文をご参照願いたい。
[1] Lars von der Wense et al, Nature 533, 47 (2016)
(YK)
(7-02)α線を出す223RaCl2が前立腺がん由来の骨転移治療薬剤として国内承認
医療に使用されるRIではTc-99mなど診断用のものがよく知られているが、β-線を放出するRIも数種類が利用されており、これまでにI-131やSr-89,
Y-90などのβ放射体が甲状腺がんや骨転移の疼痛緩和、あるいは非ホジキンリンパ腫の治療用に用いられている。そして今回、α線を放出するRIであるRa-223の国内使用が承認された。正確には、2015年4月24日にバイエル薬品(株)が「ゾーフィゴR静注」(一般名:塩化ラジウム-223)の製造販売承認申請を行ったものに対して、2016年2月26日に開催された厚生労働省
薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会にてその可否を審議され、その結果として3月28に製造販売が承認された(下記URL参照)のである。
Ra-223(T1/2=11.435日)はアクチニウム系列核種の一つで、223Ra→219Rn→215Po→211Pb→211Bi→207Tl→207Pb(安定)と複数壊変を行い、その過程で4本のα線と2本のβ-線を放出する。α線は5~8MeVと高いエネルギーを持ち、その飛程は100μm未満(細胞10個未満)と非常に短いため、近隣の正常組織に影響を及ぼすよりもはるかに高い頻度で、標的とした腫瘍細胞に対してDNAの二本鎖切断を誘発し細胞死へと導くことができる。Ra-223は周期表上でCaと同族であるため、骨転移巣での活発な骨代謝においてCa同様に骨形成材料として腫瘍近辺に集積し、集積部位の腫瘍に対して抗腫瘍効果を発揮する。これまで海外で進められてきた国際共同第III
相試験ALSYMPCA(下記URL参照)では、Ra-223が骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌患者の全生存期間を有意に延長することが確認されている。そして、この臨床試験結果を受けて2013年に米国、次いでEUで販売承認が取得されており、現在では世界40カ国以上で使用されその使用経験からも安全性と有効性が確認されている。日本での今回の承認は上記ALSYMPCAおよび国内での安全性と有効性を評価した臨床試験結果に基づいている。
ちなみに、海外ではXofigoR(ゾフィーゴと読む)であるのに対し、国内での商品名は“ゾーフィゴR”と若干異なる。これは国内で販売されている医薬品の中に類似した名前のものがあるためと考えられる。
5月末時点で、実際にRa-223が病院で使用されたという報告はないが、今年中には前立腺がん骨転移患者に対する治療が始まるものと推測される。Ra-223を用いた治療を開始するためには、使用施設(病院)がRa-223を適正に使用するために安全取扱講習会を受講することがガイドライン(下記URL参照)にも求められており、既にアイソトープ協会等が講習会の開催を案内(下記URL参照)している。
またこの承認と時を同じくして、廃棄物処理に関しても進展がみられている。RIの廃棄業者の一つであるアイソトープ協会では、これまでα放射体の引き取りを原則受け入れてこなかったが、この承認に伴い、Ra-223以外のα線を放出する核種を含むものは引き受けない、としている(下記URL参照)。つまり、Ra-223は廃棄可能なα放射体となったのである。
詳しい情報については、下記のアドレスを参照されたい。
・Ra-223製剤に関する基本情報
https://www.bayer-hv.jp/hv/products/product.php?cd=173
http://www.xofigo.jp/
・日本核医学会が行ったRa-223に関する取り組み(ガイドラインetc.)
http://www.jsnm.org/ra223
・アイソトープ協会が開催する安全取扱い講習会の案内
http://www.jrias.or.jp/seminar/cat7/619.html
・アイソトープ協会のRI廃棄物の廃棄委託規約
http://www.jrias.or.jp/waste/cat1/202-02.html
(KW)
(7-03) 「量子科学技術研究開発機構」が発足
放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構の量子ビーム(一部)・核融合部門を統合した新法人「国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研機構,
QST)」が平成28年4月1日に発足した(理事長:平野俊夫, 職員:約1,200名)。量研機構は、放射線医学総合研究開発部門、量子ビーム科学研究部門及び核融合エネルギー研究開発部門からなり、量子科学技術と放射線医学に関する科学技術の水準向上を図るため、放射線の医学利用・人体への影響・放射線防護に関する研究開発、荷電粒子・放射性同位元素、中性子、光量子、放射光などの量子ビームの発生・制御・利用に関する技術開発及び核融合エネルギーの研究開発等を推進する。
本部を千葉県千葉市稲毛に置き、放射線医学総合研究所(千葉県千葉市)、高崎量子応用研究所(群馬県高崎市、茨城県東海村(駐在))、関西光科学研究所(京都府木津川市、兵庫県佐用町)、那珂核融合研究所(茨城県那珂市)及び六ヶ所核融合研究所(青森県六ヶ所村)を研究拠点として有する。ホームページは、http://www.qst.go.jp/。
(KH)
(7-04)第1回RANC(Intl. Conference on Radioanalytical and Nuclear Chemistry)に出席して
2016年4月10日~15日、ハンガリーのブダペストで第1回目の核分析・放射化学会議(RANC)が開催され参加してきたので報告する。この会議は、1968年から発行されている核分析・放射化学の科学雑誌JRNC(Journal
of Radioanalytical and Nuclear Chemistry)がサポートして作った国際会議である。これからこの会議は3年に一度、ブダベストで開かれる予定である。初めての会議であるにも関わらず、50か国、5大陸から412人が参加した。
本年は放射性同位元素をトレーサーとした化学反応解析でノーベル化学賞を受賞した、George Charles de Hevesyの没後50年にあたる年なので、もう年配ではあるがストックホルムに住んでいるHevesyの息子さんが特別に招待され、父について語った。続いて、Hevesyの伝記を書いた分析化学者のSiegfried
NisseがHevesyの生涯を紹介した。Nisse博士は、もう80歳は過ぎていたものの、半世紀に渡る科学および社会状況の変遷を詳細に紹介した。Nisse博士は夫人と息子夫婦と共に参加していたが、この夫婦は二人ともスイスに住む科学者であった。Hevesyは、ラザフォード、ボーア、ラウエなど、今では名だたる科学者と一緒に研究を行っていた。インターネットの無かった時代、彼らはお互いの研究をよく理解しておりまた良く議論もしていたことには驚かされる。Hevesyの娘もアルレニウスと結婚したように、この時代の科学者一族は今でも科学の分野で活躍しているようである。しかしユダヤ系だったHevesyは色々な所へ移って研究をしなければならなかったが、最後に科学には国境が無い(ohne
Grenzen)と語った。それは、どこへ行っても科学者として自分が十分に評価されたという自負でもあろう。このドイツ語の伝記は近々英訳されるとのことである。
この会議では、Hevesyを記念して毎年、放射科学や核科学の分野で秀でた業績をあげた研究者に与えられるヘベシー賞の授賞式も行われた。
会議は毎朝、将来を見据えた3つのPlenary lectureで始まり、その後4つのsessionの分かれ、222件以上の口頭発表、140件以上のポスター発表が行われた。4つのsessionの中で、毎日確実に確保されていたsessionは核検証(Nuclear
forensic)である。核検証とは、日本ではまだあまり馴染がないものの、超微量分析法として核セキュリティの面から最近着目されてきた分野である。放射化学が中心であるものの、あらゆる分野との連携が必要な分野で、放射線計測からだけでなく化学分離による詳細な分析、同位体分析からの年代測定などにより超微量物質を同定し由来を検証する分野である。欧米では放射化学者がかなり関与してきており、発展している分野のひとつである。
放射化学でもうひとつの着目される分野は環境放射能動態、いわゆるradioecologyである。チェルノブイリ事故から30年が経った現在でもヨーロッパではこの事故の影響調査が続いている。我が国でも福島の原発事故以来、環境放射能についての研究が続いており、これらの研究者が将来はより広い環境問題の専門家として、互いに連携しながらグローバルに発展していく必要性を感じた。 (TMK)
(7-05) 本会・会長、2016年のヘベシー賞の栄誉に輝く
日本放射化学会の現会長の中西友子東京大学特任教授が、2016年のヘベシー賞を受けた。
「生物学分野でのラジオアイソトープ・イメージングの研究」と「東電福島原発の事故の農学関連影響への主導的役割」“radioisotope imaging
in botany” and “her leadership in the agricultural consequences of
the Fukushima nuclear accident”の2項目が授賞理由としてあげられている【1】。授賞式はハンガリーのブダペトで、2016年4月10日から15日に開催されたInternational
Conference on Radioanalytical and Nuclear Chemistry (RANC-2016)で行われた。この賞は、Hevesyの偉大なるを業績を記念して1968年に創設されたが、中西会長の受賞は日本人としては二人目である。日本人初の受賞者は、1985年の鈴木信男氏(東北大学教授、受賞当時)である。
【1】http://www.jrnc-ranc.com/images/Hevesy_Medal%20Award_2016%20Announcement.pdf
(YS)
(7-06) 本会・会員、28年度・科学技術分野の文部科学大臣表彰を受ける
2016年4月12日文部科学省は、平成28年度科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞者を公示した【1】。
文部科学省では、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより、科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、我が国の科学技術水準の向上に寄与することを目的とする科学技術分野の文部科学大臣表彰を定めている。“科学技術特別賞”、“科学技術賞”、“若手科学者賞”、“創意工夫功労者賞”、“創意工夫育成功労学校賞”の各種表彰を毎年行っている。科学技術賞は71件の研究、その担当者が表彰されたが、そのなかの2件に本会会員4名が含まれていた。研究テーマと氏名(所属)は以下のとおりである。
「シングルアトム分析法の開発と超重元素の化学的研究」(3名)
永目諭一郎氏(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)、塚田和明氏(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)、浅井雅人氏(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)
「中性子共鳴分光法の大幅な革新とその応用研究」(3名)
藤暢輔氏(国立研究開発法人日本原子力研究開発機構)、他2名。
科学技術特別賞(1件、1名)には、「113番元素の人工合成及びその崩壊過程の確認」により森田浩介氏(国立研究開発法人理化学研究所)の授賞が決定された。
【1】 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/28/04/1369460.htm
(YS)